平成23年9月定例議会 一般質問
<要旨>
1.震災の影響について
@地下水脈の変化による被害への支援について
・井戸渇水、想定外湧水、簡易水道水の水質変化
A地盤沈下による水勾配の変化への対応
・敷地からの排水
・道路からの流水
・側溝の流水不全
・下水道機能
B隣地の崖崩れ、倒木等、二次災害予防対策
・民地対応
・公共地対応
C放射線対策と除染
・基準値内とはいえ心配は絶えない
・どうするか?
2.介護予防について
@介護予防事業の現状と実績(主要施策の成果報告書)
A高齢者への聴覚チェックで認知症予防の充実を(埼玉県鶴ヶ島市)
・加齢性難聴の特定健診導入を
・簡易聴力チェッカー「ペンギンボイス」で専門医への受診勧奨を
http://www.youtube.com/watch?v=tC2kazlW5Is
3.高萩市のビジョンについて
高萩市を愛せるか、高萩市は愛されるか…
@まちづくりの基本スタンス
・明るく楽しく、ポジティブに、前向きに、建設的に、超楽観的(主義)に
A生涯現役のポイント
・健康づくり、介護予防事業のポイント
→健康でいられる幸福と医療費介護費、保険料軽減の両面で意識改革を
家族、友人、趣味仲間、地域交流で相乗効果を発揮
B教育課程での課題(住んでいる人もまた愛すべき人たちか)
・郷土教育
・道徳教育の現状と課題
・情操教育を如何に行うか
→乳幼児親子のつどいの広場の設置目的の大きさは計り知れない
C地域コミュニティの創造と構築
・中心者、リーダーへの支援(慕われる人を)
・地域行事への支援
・地域割りの考え方をどうするか
・コミュニティから漏れてしまった人の対応
<質問本文>
おはようございます。
通告してあります3項目について質問いたします。議員任期中最後の一般質問になります。よろしくお願いいたします。
1項目目の東日本大震災の影響について質問いたします。
今なお余震が続いてる中で、被害が収まりません。
中でも一般家庭における被害は、震災による住宅の直接被害にとどまらず、思いも寄らぬ生活環境への影響が大きな問題になっています。その問題のうち4点について、例を挙げ、見解を伺います。
1点目は、震災によって地下水脈が変化したと見られる、水道施設地域外の井戸の枯渇や、簡易水道の減水や水質変化等の、生命維持に直接関わる問題と、敷地内に想定外の湧き水が出てきて、敷地中が水浸しになっているという問題が起きています。問題が地下水脈の変動ということで、責任の所在が明確にならない問題で、その対策の個人負担や、そのストレスもただならぬものであると想像できます。
2点目は、地盤沈下等の影響により、いろんなところで水の流れを左右する水勾配の不具合が発生しています。
例えば、自宅敷地から雨水などを側溝に排水できなくなってしまったり、道路から雨水が流入するようになったり、側溝に溜まり水があり、匂いや虫がわいたり、いわゆる自己責任の範疇では解決できない問題になっています。それから、下水道の配管もどうなのか。正常に機能してるかなども心配です。
3点目は、隣地の倒木や崖崩れの心配、擁壁崩壊や家屋の倒壊も心配です。
隣地には公有地と民有地があり、その所有者や管理者の問題になろうかと思いますが、市民個人の対応では問題解決にならないこともあるのではないでしょうか。
4点目は、福島原発事故による放射線の問題です。高萩市では放射線量を定期的に定点計測し公表していますが、その数値が国が示す基準値内とはいえ、市民の不安・心配は拭えていません。
市では「放射線を正しく怖がる」とした講演を2回に渡り実施していますが、現実問題である現場での放射線量は無くならないのであります。
放射線量を計測しても、講演を行っても、除染はいっこうに進みません。
他の自治体では、独自に除染工事を行ったり、国へ要請したり、その対応に四苦八苦しながらも何とかしようと努力しております。
以上のような震災による影響が、市民生活の上に大きな暗雲としてあるわけで、市民生活を支える行政としてはどのように考え対処していくのか、見解を伺います。
2項目の介護予防について質問にいたします。
現在は高齢化社会になり、社会保障費である高齢期の介護費は増加をたどり、この先の見通しもままならない様子になってきております。
そうした社会制度の今後のあり方も重要課題であることは言うまでもありませんが、そもそも我が人生として考えた場合、できることなら健康で、介護サービスを受けずに元気に暮らせることが何よりだと、誰もが思っているのではないでしょうか。
そういう意味で考えてみますと、介護サービスを充実することと並行して、介護予防事業を展開してゆくことに大きな意味があると考えています。
すでに市では介護予防事業を実施されてますが、今議会に提出されております主要施策の成果報告書を見ますと、まだまだ拡充の余地があると思えてなりません。
そこで伺いますが、1点目として、現在の市で実施している介護予防事業の現状と実績や課題などお知らせ下さい。
3項目目、高萩市のビジョンについて質問いたします。
振り返ってみますと、私が「高萩市のビジョン」と題して、議会ではじめて取り上げたのは、今から約12年前、大久保市長時代、1999年の12月議会、私が市議会議員として初当選した直後の議会であります。
その後、岩倉市長時代にも取り上げ、度あるごとに提言しながら、高萩市の将来像を浮き彫りにしようと試みてきたわけです。
草間市長になり、市長自らの言葉として「高萩ビジョン」を打ち出し、現在はそのビジョンを目途として掲げ、取り組んでいると理解しています。
その上で今回私は、また高萩市のビジョンとして提言したいと思いますので、よろしくお願いいたします。
今回のテーマは「私たち市民は高萩市を愛せるか、高萩市は愛されるまちになれるか」というものです。
もう少しわかりやすく言えば、これから高萩市を我がふるさととして、よりよきまちにしてゆくことを前提として考えるとき、より良きまちとはどういうものか思い描くと、福祉やインフラや市民サービスが充実していたり、産業や観光に活気があるとか、そういうハード的視点より、高萩が愛おしく思えるとか、高萩に暮らす人々が大好きとか、愛することができる人を育てるとか、そういうハードではなくハートの視点で高萩のビジョンを考えてみたいと思おうわけであります。
まずまちづくりの基本スタンスとして、明るく楽しく、ポジティブに、前向きに、建設的に、取り組むことが大事ではないかと思います。
それから生涯現役の推進力となるものとして、健康づくりと介護予防事業の比重はとても重いということを考えれば、市民、とりわけ高齢者の方々をいかにしてその事業に乗せていくかが鍵となります。
それには健康でいられる幸福感と同時に、医療介護費の軽減という意識づくりも大切でありましょう。
またそうした意識は、高齢者間での意識づくりばかりではなく、現役世代の意識と慈愛が本当に重要なポイントではないかと思うのであります。
話は飛躍してしまうかもしれませんが、愛される人を育むこと、愛することができる人を育むことが、将来、この高萩をすばらしいまちにする核心に思えて仕方ありません。
そのためには、教育課程の役割はとても大きいと思います。
つどいの広場事業の目的でもある、乳幼児と親のふれあいを通しての情操教育から始まり、幼稚園、小学校、中学校での情操教育や道徳教育での人格形成も大事だと思います。
合わせて郷土教育によって、生涯貫くふるさと感が養われるのではないかと、期待してしまうのであります。
こうしてまちをつくる主体者である人を育みながら、実際のまちづくりを重ねていくには、何が必要か行政の役割が見えてくるのではないかと考えられます。
思うにまちづくりの最小単位は、市民の暮らし、生活の現場である地域コミュニティではないかと思うのですが、どうでしょうか。
震災復興等対策特別委員会でも大きな議論となりました、常会や地域コミュニティの問題をみても、その見直しと再構築は重要なまちづくりの要であることは明確だと思います。そのための課題を四つあげてみたいと思います。
一つ目はコミュニティの核となる中心者の育成と支援。
二つ目はコミュニティたる地域行事への支援
三つ目は地域割りの考え方をどうするか
四つ目はコミュニティから漏れてしまった人への対応です。
るる申し上げましたが、私の高萩市のビジョンは、笑顔あふれるまちづくりであります。
市長が掲げる「こころの里シティー構想、生涯現役、げんたか」のビジョンをより現実味を持たせ、なによりも高萩に暮らす市民の皆さまの笑顔こそ、求めて止まないビジョンではないでしょうか。感想、見解等お聞かせ下さい。
<登壇2回目>
再度質問いたします。
1項目目の震災の影響について、1点目の水脈の変化の問題ですが、現在、市では「住宅の修繕工事費の支援」を行っております。
この制度の趣旨は、生活再建支援金や義援金を受けられない、一部損壊判定を受けた方への支援だということです。
さて、この制度の対象は住宅の損壊になっていますが、例えば、屋根の一部損壊と井戸の枯渇とを比較して、どういう違いがあるのか。雨がもることと生命維持に関わる水の被害。どちらも原因は同じ大震災であります。
また、そもそもこの支援制度は、高萩市独自の制度なのですから、義援金や生活再建支援制度に準じる必要はないと思われますし、市民のライフラインを守ることに何を躊躇する必要があるでしょうか。
現時点で支援ができない要項になっているのなら、要項を変更すればすむことではないでしょうか。
2点目と3点目は行政の対応と指導力の問題になると思われます。
民民の問題だからと指を咥えていて、本当にいいのか。もし二次災害が起きたとき、本当にしょうがないと思えますか?良心が痛みませんか?
4点目の放射線の問題です。私は今回の福島原発事故の責任は、当初から100%国にあると考えています。
その上でお聞きしますが、昨日の平議員と中井議員の質問に対する答弁で、いろいろ述べていましたが、私には腑に落ちないことばかりでした。
もう一度確認の意味で伺いますが、放射線量が国が言う基準値以下であっても、数値が出ていることに間違いはなく、そのことについて、市民は大きな不安を拭えないでいます。しかも現実には、ホットスポットも存在し、その周辺での行動を制限し、除染まで行うとしてるのは、おかしいとは思いませんか。茨城大教授による「正しく怖がる」と題した講演会を開催するのも、矛盾してはいませんか?
放射線が測定されてるから、正しく怖がろうということですよね?私はおかしいと思いますよ。
私は国に除染させるべきだと思います。正しく怖がるんじゃなくて、不安を取り除くために、国に除染させるのです。
昨日ホットスポットについては、除染を行ったと言ってましたが、その工事は誰が行って、掘削した土はどういう処分をしたのですか?その施工した作業員は被爆検査を行ったのですか?お答え下さい。
2項目目の介護予防についてです。
現行事業の内容はわかりました。
今回私は介護予防の中でも、認知症予防に関して提案したいと思います。
高齢者が尊厳ある生活を維持するためには、コミュニケーションの維持が必至ですが、それを妨げるのが認知症です。
埼玉県の坂戸鶴ヶ島医師会では、地元自治体である、坂戸市、鶴ヶ島市の協力のもと、平成18年より基本健診時に、聴覚検査を実施し、特定検診に移行してからも続けられております。
「聞こえは、コミュニケーションの基本」であり、難聴が認知症を引き起こす原因の一つであることに注目をしての取り組みです。
厚生労働省の調査によりますと65歳以上の人のうち「聞こえづらい」と自覚しているのは21.6%、70歳以上では、25.2%と4人に一人は難聴を自覚しています。
また、耳鼻科医田崎洋氏によれば、加齢性難聴の発症頻度は、65歳以上で30%、75歳以上で60%、85歳以上では80%を超えると言われています。
加齢による難聴は、老人性難聴とも呼ばれ、高い音が聞こえにくくなるのが特徴です。連続した音が途切れて聞こるために、聞き間違いが多くなり、会話もスムーズに進まなくなります。ただ、低い音は比較的聞こえるため、ちょっとおかしいな、年のせいかなと耳鼻科の受診をのばしがちで、早期発見を逃し、治療を困難にしております。
難聴から社会的参加ができずらくなったり、家庭内でも孤立する事により、生甲斐を失い、閉じこもりや、うつ、認知症、へと進展させないためには、定期的な検診を地域で行っていく事が有効です。先に述べました、坂戸鶴ヶ島医師会による、坂戸市、鶴ヶ島市での定期健診実施の結果、平成19年で9653人受診し、575人に異常が認められ、専門医への再受診を勧奨したという事です。
また、検査の際、使用する簡易聴力チェッカーも2010年12月に、鶴ヶ島耳鼻咽喉科診療所の小川郁男医師により考案開発されており、内科医による検査から専門医へ受診を勧奨するという形で、採用できるようになっております。
やはり前出の鶴ヶ島市では、この簡易聴覚チェッカーを活用し、市の職員が要支援の方、介護認定には至らぬ二次予防高齢者(特定高齢者)、老人会などに参加されている元気な高齢者の皆さんらが活動している体操教室とか生きがい対策デイケア等のところへ行き、聴覚チャックをし、その結果で、耳鼻科医に診てもらうように勧奨しております。
鶴ヶ島市では、チェックの希望を取って希望者に行うそうですが、ほぼ全員が希望されるそうで、血圧を測るように、気軽にそういった機会を設ける事が大切だと考えます。
高齢者が尊厳ある生活を維持するため、介護予防の充実の為、当市でも特定検診に聴力検査を導入することについてお考えを伺います。
また、実際には、医師会等との調整が必要ですから、準備期間がいると思いますが、その前に、簡易チェッカーを使っての聴覚チェックを実施することについて市の見解を伺います。
3項目目の高萩市のビジョンについて、
私のビジョンは、聞いてわかるように、何かの学説や誰かの論説に裏打ちされたものではありません。個人的感情による将来像であります。元は個人的なものであっても、共感を呼び多数の思いとなれば、それは大衆意志となります。
とにかくここで結論を出す問題ではなく、皆さんが持ち得るそれぞれのビジョンの中で、今川の顔がちらつくようになれば今回の質問は意味があったのかなと思うわけです。
話はまたちょっとずれますが、11年前に取り上げた高萩市のビジョンの中で、3ゼロ社会の実現を謳いました。その中でエゴゼロという内容に、自助・公助・共助のバランスの大切さを述べました。
昨日市長の答弁の中で出てきた話にも自助・公助・共助のバランスのことがありましたね。特に自助の意識の部分を強調されてたように思います。
市長に確認しておかねばなりませんが、平時における自分自身の生活を構築する時の自助と、災害時における防災インフラ整備に係る自助とは、全く次元が違います。もし防災計画に自助の努力が必要だと考えるならば、そのことを市民に対して行政が説得するのが当然であります。舌足らずだったのではないですか?昨日の発言を訂正したほうがいいと思います。
<登壇3回目>
3回目の登壇です。
今回は3項目の質問をしましたが、共通して言えることは、行政は主体性を持って欲しいということです。
行政事業が法に依るものであっても、執行者としての主体性は自治体レベルの高低を左右する大きな要素です。
主体性とは努力そのものだと思います。市民を説得する努力、議会を説得する努力、職員をまとめ上げる努力、その連続ではないでしょうか。
市長を始めとする執行部の皆さん、職員の皆さん、市民にとって皆さんが最高の希望であることをご期待申し上げ、私の一般質問を終わります。